Helleborus niger

James Tyler Kent著ホメオパシーのマテリア・メディカ講義

脳と精神:Helleborusのあらゆる病訴には、程度の差こそあれ意識鈍麻が生じる。完全な昏迷のこともあれば、部分的な昏迷のこともあるが、常に意識鈍麻と反応の鈍さがみられる。

Helleboreは、脳、脊髄、神経系全般および精神の疾患に有用であるが、とりわけ脳および脊髄とその膜の急性炎症性疾患、ならびに精神異常に近接する障害に有用である。身体と精神に特有の、一種の精神薄弱ないし意識鈍麻がある。

極端な状態は意識消失である。脳充血、または水頭症へと進行した炎症、脳脊髄膜炎、あるいは脳炎に伴う完全な意識消失があり、意識鈍麻を伴う。

疾患の初期でさえ、HelleboreにはStramoniumおよびBelladonnaにみられる狂暴性や急性譫妄がない。受動的である。また、譫妄の狂暴性が消退し、患者が意識鈍麻の状態に落ち着いた後にも適合する。患者は仰臥し、眼を半ば開き、頭を転がし、口を開け、舌は乾燥し、眼には光沢がなく、空間を凝視する。話しかけている人をじっと見つめる。返答するまでに長い時間がかかるか、まったく返答しない。

激しい脳障害の発作はしばしば突然終わるが、より受動的なものは長引き、そこがHelleboreの適応するところである。Helleboreの症例は、この意識鈍麻の状態が数週間、ときには数か月続き、徐々にるい痩していく。

四肢を引き寄せて仰臥し、蒼白で病的に見える。質問されるとゆっくり答える。本文には次のようにある:

「感覚消失に近い意識鈍麻。」

もう一つの一般的な表現は:

「身体に対する精神の支配力の低下。」

筋肉は働かず、意志に従わない。一種の麻痺様状態であるが、それを表すのは「意識鈍麻」である。観念を生み出せず、注意を一点に固定できず、精神を集中できない。患者は半ば白痴様に見える。

譫妄は一般的ではなく、存在してもぶつぶつつぶやく程度である。譫妄というより、意識鈍麻、「何もしない」、そして「何も言わない」状態のほうが著しい。

それでも明らかに精神の混乱があり、考えることができない。多くの場合、疾患の非常に末期になっても患者を覚醒させることはでき、考えようとしているかのように、答えよう、動こうとしているかのように行動する。しかし、眼を半ば開き、顔に茫然とした表情を浮かべて医師をただ見つめ、指先をいじるだけである。

質問されても、Helleboreの患者は、かなり強く覚醒させ刺激しないかぎり、心に何があるのかを話すことができない。しかし、そのように覚醒させると、霊について語ったり、悪魔が見えると言ったりする。角と尾をもつ悪魔など、読んだことのある、あるいは絵で見たことのある像を想像の中で見る。悪魔や霊について一度も聞いたことのない若者なら、譫妄中にそのような形の幻覚をみることはないだろう。幻覚は、想像するよう教えられてきたものに従って形作られる。

Helleboreには特有の準ヒステリー性状態、すなわち一種の精神異常がある。彼女は、自分が罪を犯して恩寵の日を失ったと思い込む。Aurumのように、自分は悪事を働いている、赦されない罪を犯していると信じる。これが、このレメディが精神異常に最も近づくところである。

「ある老女が周囲の女たちから窃盗をしたと責められ、それをあまりに深刻に受け止めて首を吊った。この自殺が村の女たちに非常な影響を及ぼしたため、次々に、自分がその老女を死なせたのだと自らを責めた。」

小児:Helleboreで最も顕著な型は、病気の小児である。とくに2歳から10歳までの小児にみられる。仰臥して半閉眼のまま凝視するという、この凝視が本レメディの典型である。ときには、音をまったく発することなく唇を動かす。何かを言いたがっているかのように唇を動かすが、さらに問いかけると、話そうとしていた言葉は失われ、忘れられている。

水頭症では、脳性叫声である鋭い叫び声がある。小児は睡眠中に叫び声を上げる。Apisのように手を頭へ持っていき、金切り声を上げる。しかし、Apisの水頭症は、はるかに活動性が高く急性である。

Apisの患者は掛け物を蹴り落とす。この患者は掛け物を気にせず、何も気にしない。容易には妨げられない。四肢を引き寄せて仰臥し、しばしば腕と脚を自動的に動かす。ときに一側が麻痺するが、反対側は自動運動を続ける。

Helleboreは、「無欲性チフス」として知られる低調型の疾患に有用である。これらと同じ症状が本レメディへと導く。あらゆる外的印象に無関心である。

触れられること、暖かく覆われすぎること、あるいはまったく覆われないことによっても、ひどく乱されることはまれである。

熱、冷気、針で刺すこと、取り扱うこと、あるいはつねることに敏感な様子がない。無気力。本文で「頑固な沈黙」と呼ばれるものは、むしろ無欲性の沈黙、すなわち話す能力の欠如である。返答を拒んでいるかのように見えるが、そうではない。どう答えればよいのか分からず、考えることができないのである。

ほんの少し「平衡を失っている」、少し奇妙だといわれる人における固定観念。そしてその固定観念は持続し、議論によって思い直させようとしても無駄である。女性は、ある特定の日に自分が死ぬという固定観念を抱き、何をしてもそれを頭から追い出せない。死への恐怖がないため、これはAconitとは異なる。

Aconiteには死への恐怖があり、死ぬ時を定める。何らかの罪を犯したという固定観念があり、ときにはその罪を名指して説明し、あるいは漠然と言及するだけのこともあるが、本人にとっては非常に現実的である。

精神 2:患者が動き回れるときには、座ったまま何も言わず、悲嘆に暮れた気分に見えるため、悲しそうに見える。しかし、Aurumにみられるような、床を歩き回り、両手をもみながら激しく嘆く状態はない。

これは無欲性の状態である。悲しげで憂鬱に見えるが、実際にはほとんど考えていないのかもしれない。患者にまだ考える能力がある間は、慰めようとする試みはすべて病状を悪化させるだけである。Natrum muriaticumと同様、病訴は慰めによって悪化するが、Natrum muriaticumの病訴はこれらとはまったく異なる。

Helleboreの患者が自分の症状について熟考できるなら、症状は好転するようにみえる。

本レメディでは、ときに痙攣性運動がみられるが、自動運動であることのほうが多い。意志とは何の関係もないようにみえる運動である。心ここにあらずという状態で人が動くように、ただ動作をする。

Helleborusの患者は全身が麻痺したように感じる。感覚中枢全体が麻痺したような状態、すなわち意識鈍麻、全般的感覚の鈍麻状態にある。本文には次のようにある:

「視力は損なわれていない。」

それにもかかわらず、見ることは不完全である。視線を固定している対象に注意を向けていない。すなわち、視野は正常であるように見えるが、何を見たのかを少し尋ねても、その記憶がない。それは記憶にも精神にも何の印象も残していない。

めまいと頭部:悪心と嘔吐を伴うめまい。前屈によるめまい。全般的な意識鈍麻とともに、頭を転がし、振り動かす。小児は仰臥し、頭を左右に転がす。眼は半ば開き、後頭部を枕へぐりぐり押しつけ続ける。これは一部は無意識に行われ、一部は後頸部筋の引きつれを軽減するためである。脳脊髄膜炎でみられるのと同じように、疾患が進行するにつれてこれらの筋肉は収縮し続け、ついには頭が可能なかぎり後方へ引かれる。

頭部には灼熱がある。電撃痛、充血による頭部の圧迫痛。激しい後頭痛。後頭部の鈍い疼痛、後頭部の麻痺したような感覚。木のような充満感、充血および圧迫感。

頭痛、頭部の運動および顔貌は、脳充血に生じるものである。中等度に急性ではあるが、かなり受動的な第一期を経た後、この無感覚な状態で横たわり、Helleboreを必要としながら、投与されるまで何週間も経過した小児を私は見たことがある。

投与されると回復が始まった。直ちにではなく、徐々にである。このレメディは、脳および脊髄の緩慢で頑固な意識鈍麻症例にゆっくり作用する。レメディ投与の翌日、あるいは次の夜になって発汗、下痢、または嘔吐という反応が現れるまで、外見上何の変化もみられないことがある。

それらを妨げてはならず、いかなるレメディも投与してはならない。それらは反応の徴候である。小児に回復するだけの生命力があれば、ここから回復する。嘔吐を止める作用のある何らかのレメディで嘔吐を止めれば、Helleboreは解毒されてしまう。嘔吐、下痢、あるいは発汗には手をつけずにおけば、その日のうちに消退する。

小児は温かくなり、数日で意識を回復する。すると何が起こるだろうか。この麻痺したような指、手、四肢、そして全身の麻痺したような皮膚を想像してみよ。この意識鈍麻した小児が目覚めてきた証拠として、何が最も自然に現れるだろうか。これを知っておく必要がある。

これは実際にはホメオパシーのMateria Medicaの教えの一部ではないが、このレメディを投与した後に何を予期すべきかを知っておかなければならない。

臨床観察:これは臨床観察であり、Helleboreの症例やZincumの症例を診れば分かるだろう。

Zincumは、可能であるならば、恐るべき意識鈍麻状態の深さにおいてHelleboreをさえ上回る。さて、その小児の指はチクチクし始める。正常な神経状態へ戻るにつれて、指がチクチクし始め、鼻と耳もチクチクし、小児は叫び出して前後に身を投げ、寝床の上を転げ回る。近所の人々がやって来て、こう言うだろう。

「私なら、あの子を楽にする何かを医師が投与しないかぎり、その医師を追い出す。」しかし、それをしたなら、確実に24時間以内に死んだ乳児を目にすることになる。その小児は回復しつつある。放っておきなさい。父親を別室へ連れていき、症例がどのように進行するかを正確に説明しなければ、この種の症例を決して管理することはできない。

母親を連れていってはならない。母親が並外れて立派な人物でないかぎり、このことを一言も話してはならない。それは母親の子であり、母親には同情心があるため、その子の泣き声を聞けば泣くだろう。冷静さを失い、父親にあなたを戸外へ追い出すよう強く迫るだろう。

しかし、あらかじめ父親を脇へ連れていき、何が起ころうとしているのかを話す。父親自身が理解できるよう説明し、この経過が許されず、レメディの作用が妨げられれば、その子を失うことになると告げる。

極度の苦悶の様相を生じさせるのは、恐ろしい疼痛というより、そう痒、チクチク感および蟻走感である。ときには小児の身体のあらゆる部分に生じ、これらの症状がすべて自然に消失するまで一週間かかることもある。しかし、放置すれば消失する。

これらすべてはあなたを神経質にさせるだろう。症例のそばに長く留まって観察してはならない。そうすればレメディを変更してしまうからである。このような治癒が一例でも旧派の医師の手によってなされたとは、私は一度も聞いたことがない。

顔は非常に病的な様相を呈し、落ちくぼみ、徐々にるい痩する。鼻孔や眼角に煤が沈着したかのような、煤けた様相を呈する。あなたは患者が死ぬと言うだろう。Helleboreがなければ、その可能性はきわめて高い。このレメディは、アロパシー医が何も知らず、レメディも有していない種類の症例に適合する。

その予後判定は常に不良である。いうまでもなく、顔は精神症状を表す。額にはしわが寄り、冷汗に濡れる。顔面蒼白と頭部の熱。顔面筋の攣縮。

まさにこの種の脳障害に、眉をひそめ、額にしわを寄せる様子がみられる。同様のしわ寄せはLycopodiumにもみられるが、障害は肺にある。本レメディでは鼻孔が拡張し、煤けている。鼻翼の動きはあまりないが、極度に拡張している。眼球はガラス様で、眼瞼は粘つく。

これらの熱性疾患には激しい口渇と、異常な犬のような飢餓感がある。悪心と嘔吐は特徴を言い表し難い。薬効試験の初期には下痢と赤痢があり、多量の白色ゼラチン様便を伴う。便は淡色の粘稠な粘液のみから成る。その後、麻痺性便秘が起こり、前述のような衰弱し、るい痩した脳疾患症例は、排便も腸の動きもないまま何日も横たわる。

一、二日後には、注腸にさえ反応しなくなる。少量の硬く乾燥した便。また、反応が起こるときには、きわめて一般的に下痢、発汗、または嘔吐を伴い、ときにはこの三つすべてを伴う。

尿は貯留または抑制される。ときには滴下するように漏れ、無意識に排尿される。尿は弱い尿線で排出される。血尿。

患者は四肢を引き寄せて仰臥するか、寝床の中でずり下がる。著しい衰弱、著しい弛緩があり、筋肉は働くことを拒む。乳児の痙攣。意識を保ったてんかん。外傷性破傷風。持続的な夢中歩行があり、完全な意識状態まで覚醒させることができない。昏々とした睡眠。

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